歌仙「鬼やんま」の巻  村野夏生捌

鬼やんま石の中庭占拠せり(浩司)
 砂の波濤に月淡き頃(夏生)
腕内に大き冬瓜抱きゐて(さなえ)
 嬰児(やや)の眠りを風が誘ふ(那智
信用金庫は狼なきの犬二頭(宏)
 暗箱写真機笑ひさかさま(敏江)

フィヨルドや滴る神に君と汝と(那)
 リアルト橋で日傘さす人(南天
花衣杉田久女はしゃきと立ち(浩)
 痴れゆけばまま裾の春泥(敏)
厚き葉の重なりて夜の桑畑(さ)
 弥撒堂の燭ただここにあり(那)
売れてます太陰暦のカレンダー(浩)
 カラーコンタクト・レッグウォーマー(宏)
ベランダに水着と足袋と干してある(敏)
 死は素通りに朝は七時よ(那)
喪章色の鳥と連れ立つ那智詣で(仝)
 福助に似しボクの伯父さん(宏)
ナオ
珊瑚礁保護基金に立つ街頭で(さ)
 掌の中のカウモリ五グラムくらゐ(敏)
一夜さは儀式のごとく老夫婦(宏)
 天金の書の怺へつづける(那)
まなうらの自尊の鶴を舞はしめよ(仝)
 「見たな見たな」と声の悲しき(宏)
裕三の贋作すぐに取り下げて(夏)
 あっけらかんとミッチーが逝く(宏)
円虹の月ある道の明るさに(南)
 エイズ・エボラと秋風が呼ぶ(仝)
潔癖の指洗ひゐる水澄みて(宏)
 新酒を汲めば首の回らぬ(浩)
ナウ
柿一枝忘れられたる留守の縁(敏)
 二口女喰らふ大飯(南)
ギムネマといふ痩せる薬を風呂敷に(さ)
 水晶体と少年とボク(仝)
さよならの花のいくひら日のをはり(夏)
 枕におらぶ春の湖の音(浩)

(平成七年(1995)九月二十四日首尾 於東京中野 如庵)