ああノ会連句 胡蝶「デパートの象」の巻  川野蓼艸捌

くれなゐのグラスを合はす聖夜かな      川野蓼艸(仲冬半)
 皆息白き生きてゐるもの            瀬間文乃(三冬他)
森の奥地球の心潜みゐて             葛城真史(/)
 タイヤの跡の道なまなまし            村田実早(/) 
軽業師軽金属の月かざし             小池舞(三秋他)
 チラシを渡す秋の人騒(ひとざひ)        粉川蕩人(三秋他)

銀杏散る潮見坂より芝浦へ            市川千年(晩秋自)                                                        低温火傷の様な恋して               文乃(自)
手探りで闇たどりゆく君と我             篠見那智(半)
 はがれ始めたペディキュアの色            舞(他)
結氷のその一瞬の大音響                文乃(冬/)
 若き日の我彼捨てし頃                実早(自)
墓地を買ひ酒肆に入れば月暑し            蕩人(夏自)
 望郷の目に虹を閉じ込め               真史(夏他)
天皇の末裔もゐる舞踏会               千年(半)
 いつの間にやら寄ってくる頬             舞(半)
富士山の写真は常に富士主役             真史(/)
 雪女にはB型もゐて                 舞(冬他)
ウ    
みほとけと同心円の中にゐる             那智(自)
 コンドルを呼ぶ葦の笛鳴り              文乃(他)
デパートの屋上に象のゐた昭和            実早(/)
 鉄筋足りぬ春の夕暮                 真史(三春/)
宇宙服仕立て直して花を浴び             千年(晩春自)
 光れる風に歌を乗せやう               真史(三春自)

 平成十七年十二月二十四日(土)於・西荻窪「遊空間」  
 註・カタカナの打越不問   


    デパートの屋上に象がいたか   川野蓼艸

 
 平成十七年十二月二十四日、つまりクリスマスイヴというのに一同が集った。
 最近の連句は公共の場所でやる事が多いので酒の飲めない事が多い。しかしここは下が酒屋さんであるから有り難い。
表六句が終われば酒池肉林――は大袈裟だが、ビール・ワインとなる。女性軍ご持参の肴が楽しい。男は図々しく食うだけで何も持つてこない。済んだら文乃さん推奨の北口のレストランでイヴパーティーとなっているので胡蝶にした。
 《デパートの屋上に象のゐた昭和》
 何とものどかな句である。句にセピア色のヴェールがかかっている様な気がする。
 「本当にいたの。」
 「私、テレヴィで見たの。確か銀座松坂屋だったと思うんだけど、戦前に撮った白黒映画を放映していたの。」
 「当時、そんな巨大クレーンがあったのかなあ。」
 「仔象の時に飼い始めて大きくしたんじゃないの。」
 「象は何十年もかかって生育する。それはないでしょう。それに象を飼っていて建物がよくつぶれなかったなあ。」
 実早さんは嘘を言う人ではない。本当にいたのだろう。この色を大事にしよう。すると真史さんがするりとばかりに
 《鉄骨足りぬ春の夕暮》
を出した。昨年暮れは鉄骨問題で揺れた。耐震偽装問題で国会喚問も行われた。鉄骨を倹約したお蔭で地震で倒壊する恐れのあるホテルやマンションが問題になった。春の夕暮がいかにもとぼけた味があり面白い。象でつぶれる松坂屋によくつく。
 《宇宙服仕立て直して花を浴び》
 宇宙服は気圧ゼロの状態で船外活動を行う時使われる。さぞ頑丈にごわごわしたものであろう。これを仕立て直して花見だなんて、この千年さんの句も滑稽の擦り付けである。
 大晦日松坂屋に電話してみた。昭和四十一年に屋上で象を販売した事があります。鼻から尻尾まで二メートルの仔象でしたのでエレベーターで上げました、との事であった。
戦前ではなかったが当時は東京オリンピックの二年後である。四十年前、些か鮮度は落ちるが、やはりもはやセピアものである。面白い作品になったと今日も自画自賛して西荻窪北口のレストランへと急いだ。