歌仙行第十章「風交/『朴の花』/連句とは?」(初出「俳句未来同人」平成九年十月号」)


○ 初場所や力漲る大角力       武 翁
   男の子生れし朝の薄雪       爛柯人
  オートショウ各社苦心の作見せて    翁
   七つの海をわたる日の丸         人
  随筆を贈られて読む月朧         翁
   苺ミルクの好きな御隠居         人
 (起三九・一・二〇/三九・八・二〇完「初場所の巻」/オモテ六句)
              (連句集『朴の花』=昭和四十五年=より)

○「風交」という言葉を覚えたのは、連句を始めてからである。
 日本国語大辞典には、単に「音信をかわすこと」とあるが、単に手紙をやりとりすること以上の感触、意味あいをこの言葉に覚える。風のまじはりーー何とも美しい言葉だ。四国・松山の鈴木春山洞先生、岐阜・郡上八幡の詩人・水野隆さんなど、こちらだけかも知れないが勝手に「風交のひと」と思わせて頂いている方も多い。
 皆、連句を中にしての長いおつきあいである。
○時に唐突に、連句を仲だちにして、お便りを頂き、連句集など頂戴することがある。今回は、神戸の詩人・鈴木獏氏から。
 連句集『風餐帖』(編集工房ノア刊・鈴木獏編。)
 連句集『青藍帖』(徳島連句懇話会刊・鈴木獏編。)
 未見の氏から二冊も拝掌。これも風交。深謝。
……
パウル・クレーによるという表紙絵がいい。冥い藍から青へ、グラデーションの魔術。
○美しい造本を眺めているうちに、私の想いはいつしか貧しいといってもいい位の素朴な過去の連句集を漂った。そう、連句人口三百人のわが連句初学の暁は貧しかった。中に一冊の白い花。花は『朴の花』(昭和四十五年)。白い表紙の大型本が白い函に入っただけの無愛想な本。が、悲劇と謎を秘めて、幼年の目にあの白の何と美しかったこと。
川端康成ノーベル文学賞を受賞したのが、昭和四十三年である。
○府中刑務所の塀沿いの横道で東芝府中工場の年末ボーナス二億九四三〇万七五〇〇円の現金が実にトリッキーな方法で奪われた、ご存じ〝三億円事件〟が起きたのが昭和四十三年である。
○大蔵省を経て、専売公社理事、農林中央金庫の副理事長を歴任、日本開発銀行監事、国立劇場理事を勤めていた、三井武夫氏が、小田急線の柿生、駅からそう離れていない一寺の脇の畑で自死したのが、この昭和四十三年だ。
○武夫氏は武翁と号して連句の人。昭和三十一年ごろから吉田卓など東大法学部の二、三の学友らを誘って始め、大津・無名庵の寺崎方堂の手ほどきを受け、三十六年から都心連句会に加わっていた。
○それがなぜ?自死の謎はついに解けなかった。年末に起きた三億円事件が総てを呑みこんでしまったのだ。
○武翁の弟子に杉内徒司が居た。徒司は、清水瓢左、吉田卓の二氏と師の遺稿を集めて二年、武翁の三回忌(昭和四十五年)に連句集『朴の花』一巻を編む。当時日野自動車常務の、爛柯人こと荒川政司氏との対吟いわゆる「武爛対吟篇」十六巻も収められていて、興味尽きないものであった。
○武爛対吟、句風は平明そのもの、実業人らしさも特別に目立たないけれどもいかにも穏当な詠みぶりに好感が持てる。冒頭にオモテ六句を引いたので、当時の連句の姿など一瞥されたい。
○そういえば、あれもこれも今は昔、となった。二度童子とならないうちに、おいおいとあの頃のことを書きとめておこうかと思う。記憶違い思い違いも多いと思うが、遠慮なくご叱正ください。

○『この一路』『苧(からむし)日記』『朴の花』『艸上の虹』『むれ鯨』『俳諧手引』『連句というもの』『青玄抄』ーー語るべきものは多い。しかし、知らぬことばかりでもある。
○ことに関西の事情には全くうとい。現代連句への曲がり角を用意した橋輭石先生のことなど、「非懐紙」の佐野忠平さん、秋山正明さんあたりの御教えを乞いたい所。……

○また一日、風交というも恐れ多い東明雅先生から『ねこみの(猫蓑通信)』を頂戴した。平成九年七月発行第二十八号とある。季刊とあるから、もう七年がほど続いているのであろう。屋根裏多忙。
○巻頭に、『世態人情諷交詩』(東明雅)なる一文。
 明解である。
 虚子の「花鳥諷詠」と、芭蕉の「市中は」を引いて、短絡(の名人だ私は)すれば俳句は「花鳥」をうたい、連句は「人情」をうたうものといっている。……俳諧連句はズバリ「世態人情諷交詩」であります。
○この一文をもって一石を投じたい、というのだから、現代連句はよっぽど面白くないのだろう。ダメなのだろう。だが、「市中は」から世態人情を汲み上げて説いても、事態は一向に改まるまい。
○と私は思う。必要なのはその先である。世態人情をいうならそれを見る目の新しさ、深さ、或はその上を吹く転身の風の軽さこそ、要求されねばならないだろう。
○平成の現代連句。……月並みで平凡でごくアタリマエな発想のものに埋め尽くされていはしないか。……
○……新しく自分の心で感じているのだろうか。
○佐野ナニガシがいう「あはれなる事をかしき事をいひ出づる事かたし」。今、月並サロン俳諧のどこにあはれとをかしの花が咲いていようか。二句接続の対話詩としての方法論の実践こそ。
○そしてその対話を鎖(くさ)ることによって実現する多様性の花園、散村的小宇宙ーー一巻を語り合う事を私は早く始めたいのだ。