歌仙行第七章「あはれをこしやか」より(初出「俳句未来同人」平成9年4月号)

○まずは連句讃。二句の接続が未知の美を創るというのは実に素晴らしい発見だったろうし、連句一巻「同趣を忌む」つまり一巻の中では同じことをしないというのは、一篇の詩を作るための何と美しい決意であったろう。
 一句を共有して二つの接続(断片・部分としての詩)を連続させてゆく、所謂「鎖(くさ)る」という特異な方法論の卓抜さに至っては手放しで感嘆するのみだ。

露伴センセイにこんな歌があるのをご存じだろうか。

 
 釈迦いまだ孫のかなしさ知らなくて道を説けるかあはれをこしやか

 
 没後、遺品の雑記帳に書きとめてあったのを見つけたとか。
 …………
 勿論、孫の玉子さんを非常に可愛がった文豪の、孫のかわいさ余っての戯歌(ざれうた)であろうが……

○近頃連句ブームとやらで、いろんな人が文章を書き、実作を発表する。中には、連句の本当の面白さを知っているのかしらと思うような人までが連句を説き、傷だらけの実作を発表する。孫のかなしさ知らなくて〈あはれをこしやか〉と思うのである。
 
○……二十年ほど前、名前は忘れたがニューヨーク住まいのある日本人カメラマンが奇妙な前衛的な写真展を開いたことがある。彼は、街角で売っている例の〝押せば写る〟カメラを友達に送りつけた。
 「何でもいいから君の関心のあるところシャッターを押して一枚の写真を撮ってくれ。終わったら誰でもいい、君の友人にそのカメラを送って、彼にも一枚の写真を撮らせてよ。そうやって順送りにしていって、三十六人目がぼくの所へカメラを送り返すようにして欲しい」という手紙を添えて。半年ほどしてカメラは彼のもとに戻り、彼はそのフィルムを現像して、全く脈絡のない断片からなるひとつの小世界ともいうべきものを組写真として見せる個展を開いた。
○…………その考え方がまず連句的である。そう、世界は偶然性と断片性とでもいうべきものに満ちみちているのだ。その時、その場が偶然に出会い、寄り集まって世界の風景は成り立っている。現代は決して、論理的必然の、ストーリー性の、ライナー(線型)モデルの世界ではない。ベッド・シーンの隣にヨセミテの大峡谷が撮られていても、ちっとも構わない。その後にモルフォのアップなど出てきたら、最高じゃないか。なに、現代における多様性の交響的共存というやつさ。

○……諸国を回遊させるという、その方法論なども、俳諧の、諸国付回し百韻の手法に酷似している。しかし、この付回し百韻と前衛的実験写真の試みとその決定的な違いに、ぼくはすぐ気がついた。
 それは、フィルムが感光してしまうから、進行中のカメラの内部は絶対にのぞくことが出来ない、の一事である。シャッターを押す人は、それまでのシャッターが捉えた風景を一枚もしらないで、やみくもに、自らの選択を迫られている。百韻連句の付手はそれまでに詠まれた風景、撮られたシーン、つまりカメラの内部を全部見透すことが出来る。
 
○見透せるからこそ、新しい付句の作者は「同趣を忌む」ことが出来る。それまで付けられたものとは違うもの、そうでないもの、ないものと尋ねていって、句を付けることが出来る。カメラマンの友人の友人の指は、ベッド・シーンの隣、ヨセミテ大峡谷に隣りあって又、ベッド・シーンを見るシャッターの上に落ちる。二度も三度も。居間の犬、庭の犬など何頭も。……

連句の生命はひとえに付句にある。新しい接続の美を求める楽しさ苦しさにある。だがそれと同時にこの「同種を忌む」ことの楽しさ苦しさもまた連句の醍醐味であることが忘れられてはなるまい。
 それは身近なところで「三句目の転じ」となり「打越(句との重複)を避ける」ことになり、大きく一巻について言えば「歌仙は三十六歩也。一歩も後に帰る心なし」(三冊子・白)となる。

○横道で道草を食いたい。食ったつもりがやっぱりこの道に出てしまった。近頃、「三句目の転じ」や「打越」を全く気にしない作品をやたらと見るようになった。「同趣を忌む」簡単かつ基本的なこの約束事、美しき決意も守られないようでは連句は一体これからどうなることか。

○引合に出して申訳ないが、例えばS社の『連句のたのしみ』の中の、実作歌仙「蟲しぐれの巻」から。ぼくの気になった個所。

  五句目たづさへし  七句目手のかたち  九句目取り落とし
  十一句目まなざし  十三句目見る
  十四句目負け角力  十六句目漆黒の歌手
  二十四句目鳥羽僧正  二十六句目白洲正子
  二十九句目トスカナ  三十一句目八重垣町
  三十二句目豆の大福  三十四句目土筆粥

…………
○一句を挟んで隣り合う句の同趣がこれでもかこれでもか。「一句を挟んで隣り合った句が同じ趣向となることを歌仙はもっとも忌むのである」と本人自身、本の冒頭部分に書いているのだが、さて?
○これが〝入門書〟。道を説けるかあはれをこしやか。