短歌行「絹ごしのエロス」の巻

八月やつなぎつるりと脱ぐ女      浩司
 嫦娥の眉のちょっと垂れてる      夏生
イボをとる無花果の汁むず痒く      木々
 物干竿を売り歩く声            あのこ

紫に火星の夜明け染まりゆく        信子
 クレーの天使と膳所で落ち合ふ      三津子
水中の光と影にありて君            木
 食卓に透く鯉の洗ひよ             あ
太宰さん森さん拝み職安へ           浩
 年上女房家を出たまま             信
オールナイトパートカラーに花が散る      木
 墨のポタポタ描く淡雪              あ
ナオ
渇いてはキャラバン止まる蜃気楼        信
 凍てついてゆく王の手綱か           あ
縄文杉に三千回目の木枯来           信
 夏風黒く十四の窓                木
絹ごしのエロス沈めるハンモック        浩
 ワイエスの野に草いきれして          信
彼岸から呼ぶ人のゐる月明り          仝
 塩の柱の冷ややかに佇つ            浩
ナウ
つれあひに秋鮭を切る少し小さく        あ
 藁屋根に棲むポルシェ幾台           浩
庭先に河馬が鼻出しや花万朶          夏
 カムイの土地に春雨の降る           信


(夏生捌 平成九年八月十日首尾 於東京渋谷・種月庵)(爛柯三号)


脇の「嫦娥」は月の別称。発句の八月の「月」と重なるのを避けた面がある。
ナオ4句目「夏風黒く十四の窓」を出した木々さんは「これは神戸で起きた酒鬼薔薇事件をイメージして」との説明。14歳の中学生の起こした事件だったか。犯行声明に「透明な存在」とか「儀式」とかの言葉があったように記憶している。あたたかい関係性をと思い「エロス」を付けた。ワイエスは画家のワイエス。百科事典によれば、この画家の対象とするのは、故郷のペンシルベニア州メーン州の都市化・工業化の届かない自然の光景や、そこに生活する人々。(千年)