歌仙「背割れ観音」の巻    両唫

 
  ボスニアに砲声激し
銃口のひとつひとつに花を挿せ          夏生
 天の無窮を舞ふ半仙戯              那智
交信の仔猫口ひげふるわせて
 ヒース月夜を目裡(まなうら)に描く
樹上(ツリートップ)ホテルの青き窓押せば
 木菟(づく)の消息ただ一行に

耳蝉の生きよ生きよと囁ける
 阿波は日晒し塩に飽く皺
夜の川を二人見に行く地獄坂
 八千草の乱鐘の高鳴る
土ながら背割れ観音掘られ秋
 北へ北へと肺の澄みつつ
鯤と鵬と荘子がでかい月上げて
 九十九階の空想工房
ダンボール寄せてリビングダイニング
 ミッドナイトコールを優しく
衣ずれのをみなは真夜を盗み酒
 蛙が覗く「モナリザ」の笑み
ナオ
現(うつつ)なの陽炎(かぎろひ)峠のぼりつめ   那智
 春の童子(わらし)のそここ湧出           夏生
マイアサウルスのいみじき骨と脚と尾と
 銀行に急ぐこけつまろびつ
自画像の次第に黒き化生して
 赤き雲置く狂王の沼
優曇華うどんげ)の未知を渡りて透きとほる
 ハイファの昼に開くコーラン
砂漠とは井戸を隠して美しき
 バイク息継ぐ孤独なる音
十六夜いづれのときにか渡らむ橋
 光る榠樝(かりん)を掌に受け
ナウ
無頼無頼(ぶらぶら)と伏字の谷の露結び
 偏奇館主は金抱きて死し
セザンヌ坐しシャガールの浮くプロヴァンス
 キュビスムの唇見せて拗ねたる
総身に花開く音満つる音
 海市の中の樹下聖家族

(平成六年二月十三日首尾 於東京新宿・三井ビルメヌエット)(爛柯二号)