ああノ会連句、爛柯編集部
十二支行「月下のモルフォ(幻蝶)」の巻
金色の落葉の道を独占す 信子
竹採る村のカンと冬空 夏生
銅鐸にいにしへの音籠もりゐて 浩司
人差し指を緑青に染む 信
ウ
工房のモルフォを放つ月光下 夏
鬼灯鳴らす頬のふくらみ 信
網棚に打ち捨てられし魂まつれ 浩
始発電車は欲望行きです 信
崖冥し億万年を滴りて 夏
オラはシッポのないとかげずら 浩
空想的社会主義者の列に花 夏
CD−ROMの春のあたたか 浩
(夏生捌 平成八年十一月十七日首尾 於東京渋谷 種月庵)
十八公「青き狐」の巻
方舟の青き狐の神なりき 夏生
夜明けに凍つる旅立ちの鈴 信子
キイボード締切りの指駆けぬけて 木々
抜け駆けをする公達の裾 信
父酔ひて旧制高校浪漫主義 浩
記憶のなかの緑の螺旋 仝
眩しきは白きシーツの半夏生 木
地下水道で眠れ子供ら 信
天頂より降りくる月の誘惑者 仝
アリアかそけく消える漸寒 浩
ウ
昼過ぎのもの思うごと葉鶏頭 信
伊根の舟屋のカラッポの夢 夏
テーブルに乾漆の小箱細い指 木
コキュとしるす黒革の手帳 信
再生紙ヒコーキを甲子園で飛ばす 浩
新聞少年朝焼の中 夏
何処より花苑に行けと叫ぶ声 信
代々木上原路地猫の恋 執筆
(夏生捌 平成八年十二月九日首尾 於東京渋谷 種月庵)
木々さんは作家の上原隆さん。「「普通の人」の哲学 鶴見俊輔 態度の思想からの冒険」(毎日新聞社、1990年)、幻冬舎アウトロー文庫「友がみな我よりえらく見える日は」「喜びは悲しみのあとに」等。現在「文学界」(文藝春秋社)に「胸の中にて鳴る音あり」を連載中。「偉い人のことより、ヤクルトおばさんの事を書きたい」とをおっしゃられていた。まだ埼玉にお住まいの頃ご自宅におじゃまし、上原さん手作りのロールキャベツを頂いた。(千年(浩司))
半歌仙「我はクローン」の巻
春昼の日蝕済んでヒゲを剃り 夏生
味噌汁の具は水菜を所望 信子
納税期脱税指南駆けぬけて 浩司
オープン戦から絶不調なり 木々
薄氷の向かふに透ける青き月 信
ヤマネコが眼をそっと閉ぢたよ 夏
ウ
洋梨の汁したたりて甘き指 木
我はクローン冷ややかな夢 浩
すさまじき「死霊」のこれは第十章 夏
ダッタン海峡に白鳥の歌 信
寝酒する列車寝台冬の月 浩
炎ゆらゆらカウボーイ泣く 木
青嵐納言の裾で遊びけり 信
虚空鈴慕と竹が呼吸(いき)する 夏
ギリシャから来たオリーブ瓶詰光る 木
刀の先には浮かぶ舞踏家 浩
花散るや地下トンネルは完成し 夏
墓標に咲ける勿忘草よ 信
(夏生捌 平成九年三月九日首尾 於東京渋谷 種月庵)
「死霊」の作者、埴谷雄高(1910〜1997)の自宅(武蔵野市吉祥寺南町)を見に行ったことがある(今はもうない)。
古い瓦屋根の家で、みかん箱のような大きさの木製の郵便受けがあったのが印象的だった。
ドストエフスキー(1821〜1881)没後100年を記念して行われた講演会(於・渋谷の教会。その地下にジャンジャンがあった)で、大江健三郎、吉本隆明、後藤明生らとともに出演されていた。姿は覚えているが、何を話されたか忘れた。司会はロシア文学者の江川卓だったか。確か、巨人に入った江川投手と間違えられて入ってきた人もいるのではと冗談を言っていたか。私は高知新聞でこの講演会を知り、電話予約していた。会場は満杯だった。
花の座・地下トンネルは、ゲリラに占拠されたペルーの日本大使館の出来事を連衆共通の認識として。(千年)