歌仙「重陽にパパン」 川野蓼艸捌
野分浪洗ひざらしの月掲ぐ 篠見那智(仲秋/)
そよぎにそよぐ秋の七草 川野蓼艸(三秋/)
重陽にパパンと扇響かせて 市川千年(晩秋他)
真打となる時もよろしく 竹林舎青玉(自)
新しき衛星宙を疾走す 瀬間文乃(/)
置き忘れたる薄羽蜉蝣 小池舞(晩夏他)
ウ
浅き夢午睡の扉開きゐる 志治美世子(晩夏自)
迷路の鏡幾重にも顔 文乃(自)
脱いでゆく衣の音のみさらさらと 美世子(他)
諸刃のナイフ落下してゆく 文乃(/)
雪止みて月は間近に出でにけり 青玉(晩冬/)
白山拝み奥州へ堕つ 千年(自)
どうしても余るパーツを鼻にして 舞(自)
透明人間包帯を解く 文乃(他)
海鳴の風景引けば寄って来る 千年(半)
神の仕業につける甲乙 美世子(自)
古里のキネマの親父花冷えに 青玉(晩春他)
火宅へ走る朧夜の人 文乃(三春他)
ナオ
利き腕の刺青磨けば黄砂降る 那智(三春自)
阿弥陀三尊千年の笑 文乃(/)
乾電池交換してよとロボットが 舞(/)
キャラの立つ人キャラ立たぬ人 阿武あの子(他)
薄着して命ある者日々急ぐ 那智(他)
話芸腹芸また隠し芸 青玉(自)
海猫とたそがれてゆく柏崎 あの子(三夏)
人さし指で撫でる鎖骨窩 美世子(他)
羽化重ね背中合はせに立つホーム 文乃(半)
流離にあらず最果てに死す 那智(半)
望月のタラップ兵ら降り来たる 千年(仲秋他)
氷結の酒うそ寒の酒 文乃(晩秋/)
ナウ
燠の火に炙られしばし秋鰹 千年(三秋/)
僧も叩かぬ閉門の家 美世子(他)
きさらぎの石造の琴奏づれば あの子(初春自)
水陽炎が身を照らすなり 那智(三春自)
花ゆっくり「マルテの手記」に散りかかる 舞(晩春/)
高く高くと揚雲雀鳴く 文乃(三春/)
平成十九年九月二十二日(土)首尾 於・遊空間(西荻窪)
「竹林舎青玉」 川野蓼艸
田辺一鶴の弟子・田辺つる路さんが真打となり、晴れて竹林舎青玉となった。講談の世界ではどんな姓を名乗ってもいいのだという。今後、彼女が弟子をとり腕を上げれば、竹林舎の姓は講談界に広がる事になろう。
真打披露の会は前後九回に亘って開かれた。私も文乃さんも千年さんも聞きに行ったが、仲々の熱演であった。
彼女は若い頃に新宿花園神社のテント劇場の花形女優だったという。つまり美人なのである。
美人の上にこれだけの力があれば、彼女の将来はもう大丈夫であろう、というのが三人の感想であった。
この日、彼女張り切った。《雪止みて月は間近に出でにけり》は俳句としても立派なものである。雪が止んで思わぬ個所に月が出た、というのは面白い。
私は連句の大きな会の選者は嫌いである。しかし平成連句競詠会の選者だけは岡本星女さんへの義理もあってやっている。ご主人の春人さんの恩は今も忘れぬ。
沢山の作品を見るのは神経が磨り減る。どこを切っても同じ顔の出てくる金太郎飴の様な気がする。
私は月花の句を見るのは勿論大事だが、一番その作品のいい悪いを決めるのは恋句の成果だと思う。
本作品はどうだろう。浅き夢を見る。そこは迷路で鏡には自分の顔が幾重にも重なっている。どこかで着物を脱ぐ音だけが幽かに聞こえる。唐突に諸刃のナイフが落ちてゆく。まづまづの出来であろう。
あとの恋句はどうか。海猫の声とともに黄昏れていく柏崎のどこかの宿で、女は男の鎖骨窩を人さし指でなぞる。駅のプラットフォーム。羽化を何度も重ねた男女が背中合わせで立つ。流離ではない、と言いながら最果ての地で心中して終る。
始めの恋もナイフの落下で終る。死の予感がある。これは余り感心する訳にはいかぬと反省している。
あゝノ会が故・村野夏生によって結成されてもう何年になろうか。彼は小池舞も志治美世子も竹林舎青玉も知らない。今のあゝノ会を見れば何と言うであろうか。
自ら贔屓目に言うのだが、那智さん、文乃さん、蓼艸さん、よくやってくれるなあ、ではないだろうか。