歌仙「マンホールより夏帽子」  市川千年捌

村を出で冬野に行方不明かな(那智
 鯨の群れのよぎる街道(千年)
綿虫の胸のうちより舞ひ降りて(文乃)
 高々あがる起重機の先(青玉)
月面で地球の入りを待ってゐる(文)
 草の蔓を引けば実の散る(那)

ひと肌の恋しき頃よ衣被(青)
 ボジョレーヌーボー染めし消息(那)
オカリナを吹く少年に導かれ(千)
 仔細は問はずただひたすらに(那)
巨樹の森奇妙な果実ふたつなり(文)
 受胎告知をするその真下(蓼艸)
月寒し時空のゆがみ受けとめて(那)
 死者の半眼雪は霏霏たり(蓼)
新築の駅舎の時計朗らかに(文)
 はにかみ飛べり紙の飛行機(蓼)
百川の蛙負けるな花万朶(千)
 海には微か櫻貝の歌(文)
ナウ
レタス茹でエビとアボカド巻く夕餉(美世子)
 雛人形のおのこ凛々しき(青)
谺遠しアプレゲールの名も遥か(蓼)
 前衛芸術なのるルパシカ(文)
仏滅避け雨をきらひて班猫(みちをしへ)(那)
 マンホールより夏帽子出で(蓼)
クレジットカードに残る逢瀬なり(美)
 ベッドに女どんと投げ出し(蓼)
サイケデリックの夢の出口をゆき戻り(那)
 長距離奔るアテナイの道(美)
キリキリと鱶十尺は望月に(蓼)
 今日の了りの音ぞ身に入む(那)
ナウ
色鳥と眠る崩れた防波堤(青)
 提灯燈すもののけの里(美)
草原の匂ひ運びし二胡の絃(文)
 車輪軋ませ止れSL(蓼)
骨のごと透きとほりたる花の雨(文)
 風の尖端蝶のひらひら(蓼)

(平成十九年十一月二十五日首尾 於・西荻窪 遊空間)

村野夏生忌(平成十四年十一月二十六日)の歌仙。午後2時過ぎからはじめ、途中、蓼艸さん、美世子さん加わり、午後6時前に巻きあげた。ナウからは次々と繰り出される付け句を捌くのに精一杯。夏生さんとともにああノ会をたちあげた那智さん、蓼艸さんますます好調の巻でありました。(千年)