歌仙「起爆装置の糸」の巻  川野蓼艸捌 

  
       起爆装置の糸      


オ 三冬自   夢浅く薄墨色の枯野かな     川野蓼艸
  初冬自    左手(ゆんで)をかざす鶴渡る果  篠見那智
    他    鉄筆を荒き鑢に磨ぎ出して    日高玲
    /    作文集は二番目の棚       小池舞
  三秋/   月光にタイムカプセル開くなり   市川浩司 
  仲秋自    宇宙意味する秋桜(こすもす)の名は 阿武透子
ウ 晩秋半   コーヒーの焙煎強うせよ寒露     瀬間文乃 
    他   受唇に紅を引きゆく         粉川蕩人 
    自  やはやはと柔らかきもの背に負ひて   蓼艸
    自   嘘八百の身上書書き         文乃
    半  一日の輪郭を見よ午後三時       蕩人
    他   旅の途中にセロを弾きをり      那智
   夏/  夏の月シーラカンスは海の底      舞
    半   転生のたび浄土にて待つ       玲
    自  かにかくに体温ほどの酒が好き     舞
    他   日本人がイネゲノム解く       浩司
  晩春他  花降りて遠き記憶を引き起す      文乃
  晩春自   孔子祭には食べる豚足      坂根慶子
ナオ三春自  春の野に電気羊を放しをる       文乃
    /   起爆装置の糸が絡まる        玲
    /  聖堂に清らに誦す詩篇あり       那智
    他   睫毛を上げて去る乙女ゐて      蕩人
   冬半  相触れて降り積む雪を溶かしゆく  後藤保幸
   冬自   狐火燃えよ無人踏切         玲 
    /  精霊の棲家に続く裏の木戸       文乃
    他   ラスプーチンが不意に出てくる    慶子
    他  郵便の配達二度はベル鳴らし      文乃
    自   白紙一枚昏睡の我          那智
  晩秋/  後の月いつまで敏きメスの痕      那智
  三秋/   ありの実の味残る味蕾ぞ       浩司
ナウ晩秋自  夏のシャツ脱ぎ捨てし頃秋惜しむ    保幸
    他   ダリの時計はいつも歪んで      那智
    /  廃鉱の町にぽつんと写真館       慶子
    自   ポケットの底さぐるバラ銭      保幸
  晩春自  大きめのお猪口に受ける花吹雪     保幸
  晩春/   五丈原には諸葛菜伸び        慶子
 
平成十四年十一月二十四日(日) 於・西荻窪「遊空間」 

 
   あゝノ会ご紹介           川野蓼艸

 あゝノ会は故・村野夏生が設立し主宰を務めた連句会である。本誌には初お目見えである。
 彼の個性で長続きした会であったから、彼が病に倒れると俄かに一同の落胆を招き、沈没寸前にまで追い込まれた。もう解散かと私は思った。その時、瀬間文乃が、こんな事でどうする、もう一度褌を締め直して立ち上がりましょう、と檄を飛ばした。
 彼女は女であるから褌云々は私の筆が滑っただけで、彼女の言葉ではない。彼女の名誉の為に言っておく。
 夏になって去年十一月の作品を出すのは些か気が引けるが、実はこの作品は私には思い入れがある。彼はこの作品の作られた日の二日後にこの世を去った。彼はこの日にはまだ意識不明で昏々と眠っていたのだった。
私はせめてこの作品を持ち、夏生さん、何とかあゝノ会も再生しましたよ、と見舞に行こうと思っていた。まさか彼の死が間近に迫っているとは思いもしなかった。
この日、猫蓑から日高さん、草門から坂根さん、三尺童から小池さんを応援に頼んでおいた。お蔭で賑やかな会となった。誌上を借りて厚く御礼申し上げたい。
 他のメンバーは発会以来の会員で、後藤保幸さんだけは瀬間さんの紹介で初参加の青年である。連句は全く未経験との事であるが、上記の句を見れば、そんな事は信じられない才能の持主である事は容易に察知されよう。   
 遊空間とは西荻窪の三ツ矢酒店が改築に際し、中二階を洒落た作りにして区民に開放したもの。瀬間さんが紹介してくれた。この頃、どこの公共施設でも酒を飲むのを禁止するところが多い。ここは何しろ下が酒屋だ。
 表六句が済むと下から酒とつまみを取り、あとは酒池肉林となる。些か大袈裟であるが酒の飲めるのは男にとって有難い。私はアルコールが入り、少しぼうっとした頭になると捌きやすい。
 粉川宏は長く宏で通してきたが昔冬人と称していた。酒の酔いで、冬人なんて柄かい、放蕩の蕩だ、と言ってこの日蕩人にしてしまった。
 阿武透子も本当は秀子だが、手紙で透明の透を書いてくる人がいる、と言ったので、彼女も強引に透子にされてしまった。
 こんな訳で去年十一月の作品を出すのをお許し戴きたいが、隅から隅までずーいっと、これからも宜しく!(「れぎおん」平成15年春号より)