半歌仙「天声か人語」

   天声か人語    三吟

九月場所千秋楽を父母とかな       千年
 糸瓜の水は六分目まで           文乃
ものの音の澄めばやすらぐカルデラ湖   那智
 有明となり好きな所へ            千
何を問ふ角を切らるる鹿の眼は        文
 垣に寄りつつ人に依りつつ          那

夕焼けて都庁労働委員会            千
 インターナショナル歌姫は消ゆ        文
天声か人語ひそかに身を巻ける         那
 双手でかばふ重き胸乳は           仝
ふんわりと伊吹にハンググライダー       千
 足で漕いでる白鳥の舟            文
懇ろに仔細に雪の月便り            那
 ヨードの酒とLPのジャズ           千
靴音は裏階段を鳴らし行き           文
 女人遍路の目の据はりたる          千
今は昔玉砕の島に花を守る           那
 どこまで透ける蒲公英の絮          文

(平成十七年九月二十四日首尾 於・西荻窪「遊空間」)

 
 篠見那智(沼尻巳津子)さんの俳句が「平成秀句選集・別冊俳句」(角川学芸出版 平成19年)に掲載されている。
 けふ我は揚羽なりしを誰も知らず/おお雲雀 定形否とよ非定形/鳥柱はるかや人は骨を継ぐ/
 春やこの鬼の家こそ我が寄辺/後の月に逢ふも揚羽のゆかりなる/思ひねの死貌あれば月ぞ降る/
 盛装す心もつとも病みたれば/雲の峰ひとつ捨つれば全てなし/生死(しょうじ)わけし霜晴の道明日はあり
 そののちの冬滝無辺日と月と(代表句自選十句)

 
 「先師高柳重信の遺訓「我と我が魂を祀れ」を詩歌の根源的認識として大切にしている。美しい日本語を正しく用い、一句に書かれて初めて現れる光景と、書かれた景に重層してもう一つ別の世界を表現できるように目ざしている」那智さんと高柳重信(蝉翁)の習作歌仙(1983年未完)が残っている。
 岩間にゆれるミヤマウスユキ   菊野
キラキラと湖の辺を来て遂げし恋  巳津子
 片腕なまる朝の眩しさ       蝉翁

 また別に、
 雁の声聞いて嬉しや嬉しやと   蝉翁
  浮かれし人もいまは逝く秋   蝉翁
 長き柄の洋傘をつきミサにあり  菊野
  
 この連句の5日後に、重信は「血を吐いて急逝した」。荒梅雨の日に行われた葬儀、人々は「長き柄の洋傘をつき」参列した。高柳重信は「詩人は過去を予想し未来を経験する」とよく語っていたという。(千年)