歌仙「千の神」     村野夏生捌


六道へ向けきりもなし花吹雪         川野蓼艸
 海市ざらざら埃積む辻             村野夏生
あごひげの春の戦士も休みゐて        瀬間信子
 偶然という眼光らせ              坂手手留
初月夜ひらりと猫は明日へ飛び        大下さなえ
 畳を踏みし足そぞろ寒             小向敏江

皀角子(さいかち)のゆくらゆくらと最晩年  篠見那智
 柳田国男お洒落なりしよ            粉川宏
あかときに兄嫁は来ず蛇の衣             艸
 女按摩を呼んでくれないか              宏
冬至風呂十六字漢詩吟じをり             留
 死貌に降る月光の冴え                智
一斉に保育器泣けりD坂に               艸
 朝の卵はハードボイルド               子
階下にはオドラデク飼う老夫婦             え
 あなた今何か言いました?              艸
はぐれてしもて我が魂魄や藤むらさき         智
 雨兆しきて河原鶸立つ                 江
ナオ
丹下左膳は赤貝の鮨つまんでた            宏
 意外に華奢な深爪の指                子
壁沿いにゴキブリホイホイ置いていく         え
 「リア王」閉ねてよりの静寂              艸
狐火が出たとパソコンネットから            仝
 新しがりやの塩のコーヒー               宏
つくづくと父越えがたし 越ゆべし           智
 水と原生林のはざまでに                生
キリストの神が殺した千の神              え
 金絲雀(カナリヤ)肩に垂れる説教          子
甘言のいよいよ耳に甘き月               艸
 テネシーワルツ霧にさまよう              宏
ナウ
モデラート・カンタービレの秋の酔           留
 ラ・マン ラ・マンと舌にころがす           子
船火事は遠し骨肉遥かなり               艸
 外人墓地の横長の墓                  宏
花ざかる森は世界のあちら側              生
 逃げ水を追ふ一本の道                 智

(平成六年四月二十三日首尾 於東京中野・如庵)(連句協会・平成七年版「連句年鑑」より)